社長ブログ
ITで地域と企業を元気にする会社、株式会社フクールの福崎です。 役にたつ情報・・・・も少しはあるかもしれませんが(笑)、だいたいが他愛もない事だと思います! もし、良かったら読んでください。
49年目も挑戦の日々でした。
昨日、12月28日がフクールとKOTELOの仕事納め。令和五年という一年が終わった。
毎年、一年という月日の早さに驚かされるけど、今年は何かちょっと違う感じ。
今年の9月14日に、母親が急逝したことが影響しているのかと思うけど、最近、夜寝る時に「明日、目が覚めるかな」と思うことがある。
’’死’’というもののリアリティが増して、’’生’’というものの意義が強まった。
尊敬する森信三先生の言葉に「一日は一生の縮図なり」というものがある。
森先生は「夜眠ることはつまり、日々人生の終わりを経験しつつあるわけです。一日に終わりがあるということは、実は日々「これでもか、これでもか」と、死の覚悟が促されているわけです。」とおっしゃれている。
その文に続いて「そこで一生を真に充実して生きる道は、結局今日という一日を、真に充実して生きる外ないでしょう。実際一日が一生の縮図です。」と。
一年という時間軸で見ると長いようで短いけれど、「一日24時間を精一杯生きて積み重ねた一年」だと考えたら長いとか短いという感覚もない。
私自身、この一年は、一日一日を無駄にはしなかったし、それを365日積み重ねて今を迎えているなと感じられる。
その一日一日の命に感謝をしたいし、社員のみんなやお客様、家族、友人、同志、関わってくださった皆さんの「おかげさま」を感じる量は日に日に増していく。本当にありがとうございました。
(新しい仲間が加わってくれたり、お休みから復帰してくれた。嬉しい出来事)
さて、そんな令和五年、フクールやKOTELOにとってどんな年だったのか。
一言で・・・はなかなか言えない。けど、私なりに振り返ってみると色彩を帯びた一年だったように感じる。
素敵な出会いも悲しい別れもあった。喜びいっぱいの瞬間もあったし悔しいこともたくさん経験した。
憤ることもあったし、心が跳ねる気持ちになったこともあった。
昨日の焼き直しではなく、常にそこに立ち止まることをせずに、挑戦し続けたから、本当にいろんなことを経験させてもらった一年にすることができた。
本当に思い出がいっぱいある。
しかも、その思い出一つ一つの主人公は私ではなく社員の皆んなだったりする。
今年も社員一人一人の毎日が私にとってとてつもなく大きく意味のあるものだったことは間違いない。
それは、別に皆んなが著しく成長したとか、劇的に立派になったっていうことではない。
お客様に褒められたとか、出来ないことができるようになったということもあるけど、そういった類だけではない。
(ロックフェスのようなフクールフェア。方針発表会は初めて事務所を飛び出して実施)
皆んなが放つ言葉、表情、姿勢など様々なものが少しずつ少しずつ変化していき、そこから感謝の気持ちや挑戦する姿勢など、「一所懸命のハタラク」を感じる機会が多かった。
みんなが自身のことをどう評価しているのかは分からないけど、絶対に変容していると感じている。
7月に開催したフクールフェアの今年のテーマは「会社を変態させる」。
これは、そのまま当社の令和五年にブツけられたテーマだったかもしれないなと今、思う。
そして、大なり小なり、そういったことを実践出来たのではないかと考える。
繰り返しになるけど、社員のみんなには感謝の気持ちでいっぱい。ありがとう。
(立山縦走登山を研修として商品化。東京のMIPOXさんが受講してくださった!感謝)
一方、会社の外に目を向けると違った意味でいろんな出来事があった。
世界中で起きている争いは広がる一方で、終わる気配など微塵もない。
物価高は一気に加速するし、政治は茶番が過ぎる。
ビッグモーターやダイハツの問題、芸能界の問題が露見すると社会全体を歪な空気が支配する。
社会に不安が跋扈するからか、’’変’’なこともいっぱい起きた年だったような気がする。
もちろん、WBCの優勝や大谷翔平選手のMVP、藤井聡太さんの八冠達成など、嬉しいニュースも多かった。ドキドキする瞬間を何度もあじわせてもらえた。
さらに2020年から続いたコロナ社会も、5月の5類感染症への移行に伴い、ようやく一区切りがついたことも大きなニュース。
街の賑わいやサービス業の活況は喜ばしいけど、本当に苦労された三年間だったことを思うと手放しで喜べない側面はある。
とはいえ、ここからは良くなることを大いに期待したい。
コロナの落ち着きに伴って、私自身が一番嬉しいのは’’祭り’’の復活が各地で見受けられたこと。人は一人では生きられないし、自然や歴史とも切り離せない。
日本のお祭りはそういったことを感じさせられるものだと思うから、復活は単純に嬉しい。
(KOTELOのある芦峅寺の伝統儀式「布橋灌頂会」も完全復活!歴史的な時を過ごせた)
IT業界というかテクノロジーの分野では生成AIの台頭が本格化した年と言えると思う。
猫も杓子も生成AIだ。今年以降、ビジネスの現場で使われ出すことは間違いない。
とはいえ、Co-Pilotという名の通り、まさに副操縦士。操縦士次第なのは間違いないし、人間の可能性を高めることの重要性を今まで以上に強く感じることが出来た。
こういして書いていると、VUCAという言葉が使われ出して久しいが、やはり私たちはVUCAの時代を生きているんだと感じさせらる。
ただ、私が個人的にこの一年の中で最も印象深い出来事はけっこう身近なこと。
「企業の倒産」や「廃業」がものすごく多かったということ。本当に多かった。
しかも、その暗い影は当社のお客様や知り合いの企業にも及んでしまった。
倒産や事業の停止までいかなくても、日々お客様の声に触れている社員のみんなの話を聞くと、ポジティブな声が聞かれる一方でネガティブな声も多くなっているようだ。
年の瀬が近づいてきた最近では、ネガティブな声のほうが大きくなってしまっているようにすら感じる。
倒産が、企業としての命が尽きることを意味すると考えた時、悲しいことだし、BtoBのビジネスをしている以上、何かできることはなかったかと考えざるを得ない。折に触れてずっと、そんなことを考えている。
これが、私たちが存在する’’今’’だ。そんな令和五年だった。
あと数日で令和六年。新しい年だ。どんな一年になるのか。
来年、当社は50歳の誕生日を迎える。50周年だ。
50年の年月を経たという事実を目の前にすると、呆然としてしまう。
途轍もなく大きなものであり、畏敬の念を感じる。それは、恐れにも近い感情。
創業者の意思がこの会社を産んで、仲間が集い、力を合わせた毎日が積み重なって50年。
単純計算で18,250日もの日々の積み重ね。
会長をはじめとした先輩たちの一所懸命が、お客様のお役に立つ。そんな毎日を過ごしてくれたということ。
しかも、どこかで諦めることなく、ずっとずっと繋いでくれたということ。
この事実を目の前にした今思うことは、『私たちだけ繋がなくても良いというわけにはいかない。』ということ。
このフクールで生きるということを決めたなら、つなぐという意思を持って生きていくことが大事だし、それは実はすごく自然なことだと思う。
ただ、VUCAの極まる現代社会の中で、この命を繋いでいくということは簡単なことではないかもしれない。
これが50周年を迎えるフクールの令和六年からの挑戦なんだと思う。
(学生との関わりも増えた一年だった。)
人の仕事を支えるということを使命として産まれた福崎事務機、そしてフクール。タイプライターの修理からクラウドサービスの提供まで変化してきたが、本質は変わらない。
時代の変遷とともに取り扱う製品は変わってきたけど、支えるということは変わらない。最近まで、そんなふうに思っていた。
けど今、「人と企業の仕事を支える」ということはもっと深い意味があったのではないかと気が付いた。
デザイナーの佐藤卓さんの著書「塑する思考」でデザインの本質について書かれた文章があった。
『デザインとは「あらゆる物や事の真の価値を、あらゆる人間の暮しへとつなぐ「水のようなもの」だ』と書かれていた。
そういうことかもしれない。
私たちは単に仕事を便利にしてきたのではなく、『お客様企業やそこで働く人の’’ハタラク’’が持っている真の価値を世の中にしっかりと繋げること』を実践してきたのだと思う。
フクールは「ハタラクをデザインする会社」なんだ。
「ハタラクをデザインする」ことで、人と企業の輝く未来に貢献するんだ。
令和6年、これまでの49年以上に「ハタラクをデザインする」ことに挑戦していく。
その挑戦する私たちが、VUCAの極まるこの社会において、地域社会の勇気の源になるんだ。
そんな気持ちでこの一年を締めくくりたいと思う。1年間、本当にありがとうございました。
令和5年12月29日
株式会社フクール
代表取締役 福崎秀樹